これはブログなのでしょうか

誰かに向けてというよりは、自分の備忘録的な意味合いで書いています。元々観劇記録メインだったものの、観劇回数が極端に減っているので、その他雑文の方が今は多いのです。

被災者でもない人間が阪神淡路大震災を振り返る 地震当日その1

 

当時、自分はまだ学生でした。

家から通学するにはやや遠い学校でしたが

たまたま親戚が、通っていた学校の近くに住んでいたため

その家に居候をさせてもらい、そこから通学していました。

 

ちょうど冬休みも終わり、再開される授業に出席するために

実家から親戚の家に電車を乗り継いで移動。

それが地震の前夜のこと。

 

そして、早朝。

大きな揺れを感じて目覚めたものの

「いつもの地震より激しい揺れだな」と思ったくらいで

布団を頭までかぶってそのまま寝てしまいました。

 

それから少し時間が経った後。

ようやく起床し、一階に降りていったら

「神戸がすごいことになっているで」とのこと。

テレビを見ると信じられない光景が映し出されていました。

阪神高速3号線(神戸線)の橋脚がぽっきり折れて

高速道路が崩れ落ちている様は本当に衝撃でした。

 

一応、授業がある日だったので

朝食を食べ、身支度を調えて学校へ向かいました。

学校まで、電車・バスを使うと非常に遠回りになるので

原付で通学していました。

震源地からは比較的離れた場所でしたが

通学途中で道路に亀裂が入っている箇所を何カ所も見つけ

大規模な地震だったのだと思い知らされます。

 

学校に着き一応教室に向かうものの

午前中は電車がほとんど動いていなかったこともあり

学生の数もまばらでした。

 

当時は学校からの連絡は

基本的に全て掲示板への掲示(張り紙)で行われていたので

掲示板も見に行ったのですが

学校側としても想定外の事態に混乱していたようで

一向に何のアナウンスもなく。

授業の開始時間をかなり過ぎてから

ようやく当日の授業が全て休講になる旨の張り紙がされたのみでした。

 

「ま、そりゃそうだよね」と思いつつ。

授業が全て休講になってしまい

手持ちぶさたになってしまったので

当時所属していた部の部室へ向かうことにしました。

部室にはテレビはなかったもののラジオがあったので

同じように手持ちぶさたとなり部室にやってきた後輩と一緒に

ラジオのニュースを聞くことにしました。

 

しかし

すでに地震発生からかなりの時間が過ぎていたはずですが

自分のいた地域での被害の情報で流れてくるのは

地震発生時に駅で転倒したお年寄りが病院に搬送された」

という、なんだそれ?というものだけ。

マスコミにもなかなか情報が集まらなかったようです。